壇洋一ブログ

2014.9.16

歴史の家、そのつくり 6-1

 

昔の家は、理にかなった造りをしています。

柱や梁は太く、地松をふんだんに使っています。

床下は大きな敷石を置き、その上に柱が建っています。

 

その当時は基礎生コンがありませんでしたが、生コンの代わりに

基礎に、1階の天井と同じような梁組みがありました。ですから、

梁組するところは、基礎と、1階の天井、2階の天井という具合に

建物の強度を保っていた訳です。

床下は仕切りが無く、床をのぞくと向こう側が見えました。

 

壁は、竹で組んだ壁に粘土質の泥と藁を塗り込み、漆喰で仕上げます。

*余談:数年前に25年ほど経った家の泥壁を壊したことがありますが

中の竹組は緑色をしていて施工した当時のままの状態を保っていました。

 

屋根は前回も話しましたが、茅葺きの屋根で通気性があり、冬は保温

、夏は遮熱します。

でも、茅は植物なので虫が付きます。そこで、防虫防蟻の働きをするのが

囲炉裏やカマドの煙です。

 

最近はやりの木酢液って知っていますか?、煙が冷気に触れ結露して

できるのが防虫防蟻効果のある木酢液で、今でも果樹栽培のときに

無害の薬剤として使われます。

 

間取りの一つをあげると、居間は南側に広縁があり、広縁から左右に建物が

6mから10mほど突き出ていて、その更に南側に20m程の柿の木がありました。

何を言いたいのかと言うと、風が居間に入ってくるように設計されていたのです。

暑い夏の昼下がりの昼寝はさいこう!。大きな木下を通って心地よい風が

はいってきます。まさに極楽でした!

 

建物を水害から守るための工夫もされていました。

敷地全体が周辺の家屋より2~3mほど高くなっていますから安心でした。

 

因みに、2年頃前の北部九州大水害はご存知ですか沖端川は矢部川の支流

になりますが、交わる地点から、沖端側を500mほど下った所が60数年ぶりに

決壊しました。濁流は300世帯ほどの村を飲み込みました。

全所帯床上浸水でしたが、私の実家は全く被害を受けませんでした。

40mほど離れたお隣りは、床上1.8mまで水に浸かりました。

 

このように先人の知恵には目を見張るものがあります。

 

古の家は、すべてが自然素材でできていて仕寒さや、厚さを除けば

人を健康にしてくれる家だったのです。

 

いま、ヨーロッパで流行っているバウビオロギー精神の家

(建物は人に負荷を与えるものであってはならないという思想)だったのです。

今回大池に建てた家は、その精神に則った家です! 

 

 

 

 

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